東京地方裁判所 昭和37年(行)38号 判決 1962年12月25日
原告 上野国男
被告 東京地方検察庁検事正
主文
原告の本訴請求中、被告に対し原告の告発にかかる事件につき起訴、不起訴のいずれかの決定をすべきことを求める部分に関する訴を却下する。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
当事者双方の求める裁判および主張は別紙(原告の訴状、被告の答弁書、昭和三七年六月五日付準備書面)記載のとおりである。
証拠<省略>
理由
一 被告の本案前の主張について。
被告は刑事訴訟法上の告訴、告発は単に捜査の端緒となるにとどまり、これに対して検察官の行う公訴の提起、或いは不起訴の裁定は、検察官の専権に属するから、これを要求する訴は不適法である旨主張するので、まず、この点につき判断する。
近代裁判制度においては、刑事訴追の権限を私人の手から奪い、これを国家機関の手に留保するとともに、裁判機関と訴追機関とを分離し、起訴、不起訴の決定を原則として訴追機関の専管事項としている。わが憲法も、かような裁判制度を予定するものであることは疑いのないところである。従つて、刑事訴追の作用は、本来行政作用に属するものではあるが、行政処分に対しひろく出訴を認めたわが憲法も、裁判所が起訴、不起訴の決定に対する抗告訴訟の裁判を通じて、起訴、不起訴の決定に「コントロール」を及ぼすことは予想していないものと解すべきである。刑事訴訟法や検察審査会法等の現行法規も、このことを当然の前提としていることは明らかである。
従つて、告訴に対し、いやしくも、検察官が起訴、不起訴の決定をした以上、裁判所は、刑事訴訟法所定の裁判上の準起訴手続において不起訴処分の当否を審査することのあるのは格別、原則としてその決定を最終的なものとして尊重すべきものであり、これに対する抗告訴訟は不適法な訴と解さねばならない。
この意味において、起訴不起訴の決定が検察官の専権に属するものと解すべきことは、被告の主張するとおりである。
しかしながら、他面、刑事訴訟法は、犯罪により被害を受けた者及びこれと一定の身分関係にある者に告訴権を認めており、この権利は、告発の権能とは趣を異にし、犯罪によつて被害を受けた者等のために認められた、一種の個人的権利であることは明らかである。そして、法が告訴を権利として承認する以上、いやしくも告訴権者から告訴がなされたかぎり、検察官は、捜査を開始し、相当の期間内に起訴、不起訴のいずれかの決定をすべき法律上の義務を告訴人に対し負担するものと解すべきことは当然であつて、刑事訴訟法がその旨の明文を設けていないことや、告訴事件が相当の期間内に処理さるべきことを保障する実効的な手段を用意していないことは、この義務の存在を否定する理由となるものではない。従つて、告訴後相当の期間が経過しているにかかわらず、検察官がなんらの決定をしないことは、告訴権者に対する関係において、違法事由を構成するものといわねばならない。
もとより、検察官が捜査活動を適切に遂行するためには、相当の期間を要することはいうまでもないところであり、従つて、個々の告訴事件につき、いかなる期間がこれを適切に処理するのに相当の期間とされるかの判断については、検察官にかなり広い裁量権が認められるべきことは当然である。
しかし、この裁量権には、おのずから一定の限界があり、相当の期間の経過にかかわらず告訴事件を未処理のまま漫然放置しておくことが裁量権の限界を越えるものと認められる場合には、この不作為は、告訴人に対する関係において、やはり、違法事由を構成するものといわねばならない。
ところで、起訴、不起訴の決定が検察官の専権とされるのは、前述のように、裁判所が起訴、不起訴の決定に対する抗告訴訟の裁判を通じて起訴、不起訴の決定に「コントロール」を及ぼすことが近代裁判制度における訴追機関と裁判機関との分離の原則にそわないことによるものであるが、検察官が告訴に対し相当の期間の経過にかかわらずなんらの決定をしないことの違法が行政事件訴訟の裁判を通じて是正されることとしても、そのことが訴追機関と裁判機関との分離の原則と矛盾するものでないことは明らかである。
なぜならば、この不作為の違法の是正を求める訴訟において裁判所が原告の請求を是認し得るのは、検察官の不作為が告訴事件をいかなる期間内に処理すべきかについて検察官に認められた裁量権の限界を越え、違法と認められる場合にかぎるものであり、しかも、この場合においても、裁判所は、告訴に対し起訴、不起訴のいずれかの決定をしないことが違法であること、すなわち、起訴、不起訴のいずれかの決定をすべき義務があることを宣言し得るに過ぎず、従つて、この訴訟の原告勝訴の判決によつて、検察官が公訴を提起すべきことの拘束を受けることのないのはもとより、捜査活動の内容につきなんらかの制約を受け、若しくはその期間につき不相当な制限を課せられる結果となることはあり得ないからである。そればかりではなく、当裁判所は、現行(本件口頭弁論終結時である昭和三七年九月四日現在において現行の趣旨。以下同じ意味に使用する。)の行政事件訴訟特例法の下においても、法令に基づく申請に対し行政庁がなんらかの決定をすべき義務があるにかかわらず、相当の期間を経過してもなお決定をしない場合には、なんらかの決定をしないことが違法であること、すなわちなんらかの決定をすべき義務があることの宣言を求める訴訟が許されると解する(なお、新行政事件訴訟法(昭和三七年法律第一三九号)は、「不作為の違法確認の訴え」につき規定を設けている(第三条第五項)が、この規定は、不作為が違法とされる場合になんらかの決定をすべき義務があることの宣言を求める訴を否定する趣旨と解すべきではないのみならず、この規定にいう「法令に基づく申請に対し云々」の文言は狭義に解すべきものではなく、ひろく、行政庁が個人の側からする処分の発動の要請に対しなんらの処分をしないことが個人の法益を害する意味において違法とされる場合を含むものと解すべきである。)ものであるが、一般の行政作用における不作為の違法の是正につきかような訴訟を認める以上、本来行政作用の一種である検察事務における不作為の違法の是正につき同種の訴訟が許されないと解すべき理由はないものといわねばならない。現行の刑事手続法規がかような不作為の違法の是正につき実効的な手段を用意していないこと(刑事訴訟法第二六二条による準起訴手続、検察審査会法第三〇条による審査の申立は、いずれも不起訴処分の存在を前提とするものであつて、この処分がないかぎり、これらの手段に訴えることはできない。)は、この種の訴訟を是認する理由とこそなれ、これを否定する根拠となるものではない。してみると、現行法の下においても、告訴後相当の期間の経過にかかわらずなんらの決定をしないことが、いかなる期間内にこれを処理すべきかについて、検察官に認められた裁量権の限界を越え、違法と認められる場合には、告訴人は、検察官を被告として、起訴、不起訴のいずれかの決定をしないことが違法であること、すなわち、いずれかの決定をすべき義務があることの宣言を求める訴訟を提起することができるものと解するのが相当である。
なお、刑事訴訟法は、「犯罪があると思料する」者にひろく告発の権能を認めているが、この権能は、告訴権が前述のように一種の個人的権利と解されるのとは異なり、犯罪に対し公訴が提起されることにつき、特別な個人的利害関係をもたない一般公衆に、公共の利益の見地から、刑事司法の運用に関与させる趣旨の下に認められたものに過ぎない。
従つて、たとえ、検察官が告発にかかる事件につき相当の期間内になんらの決定をしなかつたとしても、そのことが、ただちに告発人の個人的利益を害したこととなるものではなく、検察官の不作為が告発人に対する関係において違法事由を構成することはあり得ないものというべきである。
してみると、特別の法律の規定のない現行制度の下では、告発人たる地位に基づき検察官の不作為の違法の是正を求める訴訟は許されないものと解すべきである。
被告は、さらに、行政庁に対し作為を求める訴訟が許されるとすれば、裁判所が行政庁に代つて行政権を行使し、或いは行政監督を行うこととなり、三権分立の原則をみだす結果となるので、かような訴は許されない旨を主張する。
しかし、行政事件訴訟の審判において、司法権の作用が原則としてすでになされた処分の事後審査にとどまるべきものとされるのは、行政法規の適用、認定につき、行政権に、或る範囲において、司法審査の及ばない裁量、認定の余地が存在することを前提として、行政権に認められた、その固有の裁量、認定権の範囲を行政権のために確保するため、行政庁にまず第一次的認定権を行使させることが合目的的であるとされることによるものと解すべきところ、行政庁に一定の作為義務があること(本件についていえば、告訴に対し起訴、不起訴のいずれかの決定をすべき義務があること、)が一義的に明白であり、この義務の存否の認定につき行政庁に第一次的判断権を留保することが明らかに無意味、不合理と認められる場合には、裁判所は、権利救済の必要性が認められるかぎり、事後審査の態度を固執するいわれはないものというべきであり、かような場合に、裁判所が、行政庁がその作為義務の存否につき判断を示す前の段階においては行政庁に一定の作為義務がある旨を判示したとしても、これをもつて、ただちに、司法権の限界を越え三権分立の原則に戻るというのは当らないものと解すべきである。そして、かような場合に、裁判所が、法の適用による判断作用の結果として、行政庁が一定の行政行為をしないことが違法であること、すなわち行政庁に一定の作為義務があることを判断することが許され、しかも、この判断の結果に行政庁が拘束されるものと解する以上、行政庁に一定の作為義務がある旨を判決理由中に判示し得るのはもとより、主文においてその旨を宣言し得ることも当然であり、主文に宣言されたところに従つて行政庁が一定の行政行為をしなければならないこととなつても、それは、ひつきよう、行政作用の適否が裁判所の判断に服すべきことの当然の結果にほかならず、これをもつて、裁判所が行政行為をしたのと同じ結果になるというのは当らないものというべきである。そして、さらに、行政庁に一定の作為義務がある旨を判決主文に表現する方式として、行政庁に一定の作為を命ずる形式がとられたとしても、この給付命令が、行政庁に一定の作為義務があることの判断に基づき、この判断の結果を実現すべきことを要求する意思表示であるかぎりにおいて、判断作用と無関連な単純な行政監督命令とはその性質を異にするものであることは明らかであるから、主文の表現方式が給付命令の形式をとつたということだけで、ただちに、裁判所が行政庁に対し行政監督権を行使した結果となるというのは当らないのみならず、行政庁がこの命令に拘束されて一定の行為をしなければならないこととなつても、その実質は、行政作用が法の適用に関する裁判所の判断作用に服する結果となるに過ぎないから、これをもつて、裁判所が行政行為をしたのと同じ結果になるというのも当らないものと解すべきである。しかも、現行法制の下では、かような給付判決につき強制執行の方法は用意されていないので、主文の表現が確認の形式をとるか給付の形式をとるかによつて、判決の実質的効力は異ならず、従つて、現行制度の下では、いずれの方式をとるかは便宜の問題に過ぎず、確認の方式をとることが表現形式として妥当であるとしても、それは、ひつきよう、司法権の行政権に対する用語上の礼譲の問題に過ぎないというべきである。
さて、原告の本訴請求は、その説くところ十分明らかでない点もあるが、要するに、原告が訴状記載の犯罪事実につき昭和三六年二月一八日被告に告訴、告発をし、以来すでに一年二箇月を経過しているにかかわらず、被告が現在なお起訴、不起訴のいずれとも決定していないことは、いかなる期間内に告訴事件を処理すべきかにつき検察官に認められた裁量権の限界を越え、違法であるから、被告に対し起訴、不起訴のいずれかの決定をすべきことを求める、との趣旨を解されるところ、原告の右請求中、告訴にかかる事件につき起訴、不起訴のいずれかの決定をすべきことを求める部分は、その本案請求が是認されるかどうかはともかく、この部分に関する訴が不適法なものということのできないこと、また、右請求中、告発にかかる事件につき同様の決定をすべきことを求める部分に関する訴が不適法なものと解すべきことは、いずれもすでに述べたところから明らかである。
二 よつて進んで、原告の本訴請求中、原告の告訴にかかる事件につき起訴、不起訴のいずれかの決定をすべきことを求める部分の本案について判断する。
原告が、日時の点を除いて、その主張の者を主張のような罪名で、被告に対し書面により告訴したことは、当事者間に争がないところ、成立に争のない甲第四号証、乙第二号証、原本の存在および成立について争のない乙第七号証の一、二証人溝杭儀市の証言により真正に成立したものと認める乙第一号証、第三号証の一ないし三、第四号証、第五号証の一、二第六号証、第八ないし第一〇号証に同証言および証人上野貞子の証言の一部並びに本件口頭弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができるすなわち、東京地方検察庁においては、原告主張のような内容の昭和三六年三月一一日付告訴・告発状が同月一二日頃郵送されてきたので、同庁の告訴事件処理の通常の過程にしたがつて、告訴告発事件受理係佐藤哲雄検事がこれを受けとり、その内容を通読したが、書面の記載だけでは内容不明の点があり、資料の添付もなく、当時被告庁から公訴を提起され東京地方裁判所で審理中であつた原告自身の被告事件を自己の有利に導くための牽制手段ではないかとの誤解を招くようなものであつたところから、ただちに正式に告訴事件として受理するのに不適当と考え、釈明を求めるため係り事務官を通じて同月一六日に郵便で同月二三日午前一〇時に同庁まで原告の出頭を求めた。しかるに当日は原告の出頭がなく、何の連絡もなかつた。その後二度ほど係り事務官が原告方へ電話で連絡をして重ねて出頭を求めたが、原告は出頭しなかつた。同年四月一日から係りが高橋秋一郎検事に代つたが、同検事も係り事務官に命じ、原告に対し同月六日に、同月一四日午前一〇時に同庁まで出頭するよう呼出しをしたところ、一四日になつて原告の妻から電話で原告が胃潰瘍と風邪を併発し、当日の指定時間にはむろん、しばらくの間出頭が困難である旨の連絡があつた。そこで右高橋検事は事情やむをえないものと考え、同年五月一二日原告主張の事件を正式に告訴事件として受理し、捜査に当ることにし、同月一七日頃被告訴人らに対し、事情聴取のため、上申書を提出するよう手配したところ、同年六月初旬から順次上申書の提出があつた。かようにして捜査を進めていたところ、たまたま同月一〇日頃原告の妻訴外上野貞子から高橋検事に対し、右の告訴事件の捜査の進行状況について、問い合わせがあつたので、その際、同検事は、同女に対し原告自身について取調べを行う必要があるから、是非出頭するよう伝えるよう依頼したが、原告はなお出頭せず、かえつて、同月一二日高橋検事を、涜職、脅迫の罪で東京高等検察庁検事長に告訴するに至つたので、同検事は同告訴事件の処理が終るまで、原告主張の告訴事件について捜査を進めるのを一時さしひかえざるを得なかつた。そして本訴が提起された昭和三七年四月一七日当時、同検事に対する告訴事件はなお未処理の状況にあり、同年五、六月頃右告訴事件につき「罪とならず」との理由で不起訴の裁定が行われ、その結果同検事において問題の告訴事件につき捜査を続行するについて障害となる事情が除去され、同検事において再び捜査を続行することとなり、同年八月中さらに原告に出頭を求めたが、原告はこれに応ぜず、本件口頭弁論終結当時(昭和三七年九月四日当時)高橋検事が捜査を再開した時から三箇月余を経過した状況にあつた。以上のとおりであつて、証人上野貞子の証言中右認定に反する部分は当裁判所の信用しないところであり、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。
右認定事実によると、問題の告訴事件について、東京地方検察庁において本件口頭弁論終結時までに終局処理がなされていないのは、主として、原告が内容の不明確な、資料の添付のない、その真意につき誤解を招くような告訴をしながら、捜査に対し、ことさらに不協力の態度をとり、その上、係り検事を理由なく告訴することにより捜査活動を頓座させたという事情によるものであつたと認められる。かような事情に問題の告訴がなされてから本件口頭弁論終結時までの期間が一年七箇月足らずであること、とくに担当検事につき捜査を続行することの障害となる事情が除去されてから口頭弁論終結時までの期間が三箇月余に過ぎないことを合せ考えれば、被告が本件口頭弁論終結時現在において、問題の告訴事件につきなんらの決定をしていないことが、ただちにいかなる期間内に告訴事件を処理すべきかについて検察官に認められた裁量権の限界を越え、違法となるものと断定することは、なお困難であるといわねばならない。
したがつて、原告の本訴請求中、問題の告訴事件につき起訴、不起訴のいずれかの決定をすべきことを求める部分は理由がないものというべきである。
よつて、原告の本訴請求中右の部分を棄却し、同請求中、原告の告発にかかる事件につきなんらかの決定をすべきことを求める部分に関する訴を却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 白石健三 井口牧郎 浜秀和)
訴状
告訴事件取調裁定請求事件
請求の趣旨
一、被告国の代表者東京地方検察庁検事正は左記の請求を履行せよ。被告は昭和三十六年二月十八日付原告が鷲巣警部、石村警部補、藤警部補、大和田巡査部長、富井巡査部長、倉持巡査、白井勇次郎、川崎英樹、小野田敏郎、吉永裕介等に対し涜職、脅迫、誣告、公務員職権濫用、特別公務員暴行凌虐等により告訴告発した事件の取調を行ない速かに起訴不起訴の裁定を行なえ。
二、訴訟費用は被告国の負担とするとの御判決を求める。
請求の原因
一、原告は昭和三十六年二月十八日付左記の者を東京地方検察庁に書面をもつて告訴告発した。
容疑者の住所氏名は次の通りである
都内千代田区霞ケ関 警視庁捜査四課勤務
鷲巣警部、石村警部補、藤警部補、大和田巡査部長、富井巡査部長、倉持巡査
都内中央区八重洲三ノ一オルガノーゲン株式会社内
白井勇次郎、川崎英樹
都内千代田区富士見町 東京警察病院勤務
小野田敏郎
都内千代田区霞ケ関 東京地方検察庁勤務
吉永裕介
二、犯罪容疑は次の如し
鷲巣警部、石村警部補、吉永裕介は職権濫用及特別公務員暴行凌虐の罪を犯した
倉持巡査、富井巡査部長、大和田巡査部長は涜職及職権濫用の罪を犯した
藤警部補は職権濫用及脅迫の罪を犯した。白井勇次郎は脅迫及誣告、川崎英樹は脅迫の罪を犯した。
三、告訴及告発状の内容を次に示す
(一) 容疑者鷲巣警部は原告及原告が経営している株式会社時代思潮社の社員星川博則に刑事上の責任を負わす目的をもつて東京都千代田区大手町一ノ四(大手町ビル)日本通運株式会社取締役社長福島整行並に東京都文京区本郷三ノ二日本信用販売株式会社取締役星島東一等に虚言を弄し「上野国男は悪質な男だ。各会社から強喝等の被害届が八十五件も出ているが君のところで八十六件になる」等如何にも原告が反社会的人物であるが如く原告を誹謗し前記二社の代表者を偽り事実に反する始末書を提出せしめ東京簡易裁判所判事の令状により昭和三十五年十一月十四日原告及株式会社時代思潮社社員星川博則を逮捕し、鷲巣、石村、藤、大和田、富井等は共同謀議の上、原告及星川博則の基本的人権を無視し、残虐な拷問を行ない自白を強要し両人等の意思に反する供述調書を作製した。また吉永裕介は法秩序を維持し、公益と基本的人権を保護する立場にある国家公務員であるに拘らず職権を濫用し、原告を拷問、凌虐自白を強要したる外星川博則に誘導尋問を行ない自白を強要し、自己の意志に反する自白調書を作製し、原告の星川博則を強喝未遂で起訴した。
(二) 容疑者白井勇次郎、川崎英樹は原告が経営する株式会社時代思潮社が発行する月刊「大道無門」が公益の為に掲載した記事の連載又は記事の訂正を行なわしむる目的をもつて白井は電話で二回に亘り原告の妻上野貞子を脅迫、川崎は子分と称する愚連隊風の男を連れて時代思潮社に現れ強腰にいすわり、原告に面会を強要する外茶菓の供応を要請上野貞子を脅迫し誣告した。
(三) 容疑者藤警部補は昭和三十五年十一月十四日午後三時頃原告の住居に現れ(令状不所持)留守居の女中を脅迫したる外家主鮎川清に上野は悪党だ等不必要なる言辞を弄し原告の名誉を公然と毀損した
(四) 容疑者鷲巣、石村は捜査過程において原告の容疑がうすらぐや、株式会社時代思潮社社員星川博則を警視庁地下二十一号調室に連行容疑者石村警部補が取調主任となり、甘言、洞喝、誘導尋問、拷問を織り混ぜ原告に刑事上の責任を負わす目的の下に星川の意志に反する供述調書を作製した。
(五) 容疑者小野田は東京警察病院の医師であるが、原告及原告代理弁護人申請の診断書作製に当り鷲巣、石村、大和田、富井、倉持等の依頼(注原告の病状カルテ通りの診断書を提出すれば原告は執行停止の可能性あり)を受け医師としての職責を果さず、慢性胃腸病等軽度の病気で拘置に耐ゆる等の診断書を作製し裁判所に提出し医師の義務を果すことなく原告の病状を不必要に悪化せしめた。
四、公務員特別凌虐拷問自白強要の事実を左記に示す
(一) 当時原告は中耳炎、悪性蓄膿症、胃潰瘍並に十二指腸潰瘍等の疾患により国立病院に通院加療中であり、長期の拘留は勿論長時間の取調に耐えられぬ症状であり早期の手術を必要としていた。容疑者鷲巣、石村、大和田は原告の病状を無視し警視庁地下室「通称三十一階段と称す」二十三号調室に原告を連行し、自昭和三十五年十一月二十五日至十二月五日に至る約十日間毎日自午前九時三十分至午後六時原告に休養を与えず自白しなければ電気椅子に坐らせてやろうか等原告を洞喝、叱嘖、時には部下の永野巡査に命じて「通称鏡の部屋と称す」に連行、電気椅子に坐らせて拷問自白を強要し原告の病状を悪化せしめた。
(二) 容疑者吉永は自昭和三十五年十一月二十五日至十二月五日前記鷲巣、石村、大和田等の拷問による自白強要が終るや、自午後八時三十分至午後十時、約十日間に亘り原告の病状悪化と肉体的消耗を無視し凌虐、拷問、自白を強要した。
五、原告は現在拷問自白の強要等による星川博則の意志に反する供述調書を唯一の証拠として起訴され「注恐喝未遂」東京地方裁判所に於て目下審理中であり、本件犯罪事実を明確にする上から東京地方検察庁は原告が告訴告発した容疑者の取調べを進め、速かに起訴不起訴の裁定を行うことは国家公務員の義務であるに拘らず、東京地方検察庁事件係高橋検事は原告に対し告訴状の取下げを要請し担当検事に告訴状の回送を拒否した。原告は昭和三十六年四月東京地方検察庁検事正に対し内容証明郵便をもつて取調方を要請すると共に同年八月東京高検検事長に対しても文書をもつて取調促進方を要請したるが不問に付し現在に至るも東京地方検察庁は取調並に裁定を行わない。かくては原告の基本的人権と利益は保障されない。犯罪容疑者に対する告訴告発権は国が認めたものであり、何人も行使し国は公務員をして裁定せしむる義務を負うものである。
容疑者が警察官又は検察官なるが故に不問にして取調並に裁定を行なわぬとすれば原告の蒙つた被害は永久に救済されないので本件訴に及ぶ次第である。
以上
答弁書
本案前の申立
原告の本件訴を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
との裁判を求める。
理由
原告の本件訴は、要するに被告に対して請求の趣旨記載の告訴、告発事件について取調を行なつたうえ起訴、不起訴の裁定をすることを求めるものである。元来、刑事訴訟法上の告訴告発は、単に検察官の起訴、不起訴の職権発動を促すに過ぎないものであつて、具体的被疑事件につき公訴を提起すべきか、或は不起訴の裁定をなすべきかは検察官の専権に属する事項である。したがつて、このような行政庁に対し作為を求める訴は、結局裁判所が行政庁に代つて行政権を行使し、あるいは行政監督を行うこととなり、三権分立の原則をみだす結果を招来するので許されない。よつて、本件訴は不適法として却下を免れない。
準備書面
一 本件告訴事件について被告が行つた捜査の経過を述べると左記のとおりである。
(一) 被告は、昭和三六年三月一二日に原告より同年三月一一日付の告訴及び告発状と題する書面の郵送を受けた。
原告は同年二月一八日付の告訴・告発状と主張しているがそれは誤りである。右告訴・告発状が本件告訴事件の発端であるが、同書面には鷲巣警部・石村警部補・吉永裕介検事に対する職権濫用・特別公務員暴行凌虐、倉持巡査・富井巡査部長・大和田巡査部長に対する涜職・職権濫用、藤警部補に対する職権濫用、脅迫、白井勇次郎に対する脅迫・誣告、川崎英樹に対する脅迫、小野田敏郎医師に対する医師法違反の各事件を告訴・告発する旨の記載があつた。
(二) 東京地方検察庁の告訴告発事件受理係検事(頭初は佐藤哲雄検事で同年四月一日以後は高橋秋一郎検事)が右告訴告発状を通読したところ、その書面の記載のみでは文意の不明な点が多く且つ原告の主張を裏付ける資料の添付もなかつたので、そのままで正式に告訴告発事件として受理することは不適当な状況にあつた。そこで、同検事は原告に対し告訴の事実について釈明を求め、併せて資料の提出を求めるため、葉書をもつて同年三月二三日午前一〇時に原告の出頭方を求めたところ、原告は出頭しなかつた。その後同検事は係りの検察事務官に命じて電話で二、三回原告の出頭方を求めたところ、いつも原告の妻と思われる女性が電話に応じて、「告訴状を既に提出してあるから被告訴人等を呼び出さずに告訴人(原告)のみ出頭を求めるのは不都合であるので出頭できない」ということであつた。更に、同検事は葉書をもつて同年四月一四日午前一〇時に再度原告の出頭方を求めたところ、一四日の当日になつて原告の妻より「原告は胃潰瘍と風邪を併発して指定の日時は勿論のこと暫くの間は出頭できない」旨の電話連絡があつた。
(三) そこで告訴・告発状の記載には文意の不明確なところもあつたが、原告が病気のため暫くの間出頭できないのでやむなく、同年五月一二日に正式に告訴・告発事件として受理することとして、高橋秋一郎検事が同事件を担当して捜査に当ることになつた。高橋検事は、原告の出頭が得られないので、先きに、被告訴人等について捜査を進めることとして、同年五月一七日前記被告訴人一〇名に対し各々右告訴告発状に記載してある事実について各人の弁解を上申書をもつて答えるよう求めた。その結果
(イ) 同年六月三日に富井巡査部長・藤警部補より
(ロ) 同年六月五日に大和田巡査部長・倉持巡査より
(ハ) 同年六月一二日に石村警部補より
(ニ) 同年六月二〇日に鷲巣警部より
(ホ) 同年六月中に吉永検事より
(ヘ) 同年七月二二日に小野田医師より
(ト) 同年七月中に白井勇次郎より
それぞれ上申書の提出があつた。川崎英樹からは上申書の提出がなく、昭和三七年五月初旬同人の所在を調査したところ、昭和三七年一月頃から行方不明で、現在のところ同人に対する捜査は不可能である。
(四) ところで、右のように捜査を進めていたところ、昭和三六年六月一〇日原告の妻より高橋検事に電話で告訴告発事件の捜査の進行状況を問合せて来たことがあつたが、その際同検事は原告自身について捜査を行う必要があるので原告に是非とも出頭するよう依頼した。しかし原告は結局出頭しなかつた。
(五) その後昭和三十六年六月一二日に至つて、原告は高橋検事を涜職・脅迫の被疑事実で東京高等検察庁検事長に告訴する書面を提出してきた。このように告訴された捜査官がそのまま捜査を進めることは捜査の公正を疑われる余地を残すので、高橋検事は自分に対する右告訴事件の処理がなされるまで、本件告訴事件についての積極的な捜査を一時差控えることにした。右高橋検事に対する涜職・脅迫を理由とする告訴事件については東京地方検察庁中村浩検事によつて捜査が行われていたところ、昭和三七年五月一八日に「罪とならず」との理由で不起訴裁定がなされた。
二 本件告訴事件の処理が今日までなされていない理由について。
以上の経過によつて明らかなように、本件告訴事件の処理が今日までなされていないのは、主として原告が捜査に対して非協力的であること、捜査の公正を保つため高橋検事に対する告訴事件の処理が終るまで積極的な捜査を差控えたことに起因している。従つて正当な原因によつて今日まで処理がなされず経過しているのであつて、故意或いは怠慢によつて処理を遅滞させているものでは断じてない。
尚附言すると、前記のとおり高橋検事に対する告訴事件の処理が終り、本件告訴事件の捜査を続行するについて障碍となる事情がなくなつたので、高橋検事において今後本件告訴事件について積極的に捜査を進めることは言うまでもない。
三 本件告訴事件は主として別添資料(一)、(二)の起訴状に記載してある原告に対する恐喝未遂及び名誉毀損の刑事事件の担当捜査官の取調状況に関するものであるところ、右刑事事件は目下東京地方裁判所刑事第一五部に係属して公判審理中である。原告は、捜査官の違法な取調べの結果作成された原告及参考人の任意性、真憑性のない調書に基いて右刑事事件において有罪とされる虞れがあるので、それを免れるためには、本件告訴事件についてすみやかなる処理がなされることが不可欠であると強調している。しかし、調書の任意性、真憑性の有無は刑事裁判手続上認められた攻撃防禦の方法を尽して正々堂々と決すべきものである。これを当該刑事法廷の外に持ち出して告訴の方法により決しようとする原告の態度には、検察権を利用して前記刑事事件における原告側をけん制し、もつて自分の立場を有利に導びこうとする卑劣な意図すらうかがえる。